かしこい あくま







むかしむかし 魔界の闇から悪魔が生まれました

仲間達と違って彼はとても賢かったので

物事を筋道を立てて考えることが出来ました

すべてのできごとには必ず理由があるはずだ

と 考えていたのです








魔界では皆 見境なく仲間を殺します

彼が生まれたその瞬間から 

悪魔達は大勢で取り囲んで彼を殺そうとしたのです








けれど 彼は賢いだけでなく力も強かったので

襲ってきた悪魔達全員を 返り討ちにしました

彼は 仲間達が襲い掛かってきたのは

魔界の掟に従ったからだから

自分もきちんとそれに答えることは当たり前のことだと思いました

仲間の血に濡れた手でそう思いました











ある日 魔界の王様がにんげんを皆殺しにして

彼らの住む世界を自分たちのものにしようと言いました

悪魔達はとても喜んで歓声をあげました

しかし彼は にんげん達が何か悪いことをしたわけでもないのに

殺してしまうなんて間違ってる と王様に言いました

けれど 王様は聞きません









私達の世界を広げる

それのどこがいけないのだ と








彼はどうしても納得出来ませんでした

王様の言う理由は

罪もないにんげんを殺す理由にはなりません

彼は王様の筋の通らない理由を

とてもきもちわるく思いました








王様は悪魔の大軍をにんげんの世界に攻め込ませました

彼もその大軍についてゆきました

王様のやり方には賛成できませんでしたが

一度にんげんというものを自分の目で見てみたかったのです








仲間の悪魔達はにんげんを見つけると

喜んで彼らを殺しました

大人も 子供も

同じように殺しました

にんげんは悪魔達に見つかると鳴き声をあげて逃げ回りました








殺される理由はないけれど

死を受け入れることしか出来ない

ちからのない よわい いきもの








彼はにんげんを こう 理解しました








そのとき

彼の目の前で 逃げ回っていた子供が転びました

子供は彼と目が合うと 恐ろしさで動くことが出来なくなりました








たすけて


子供はそういいました








ちからのない よわい いきもの

彼は子供を じっと 見つめていました








すると 彼と子供の間に女が立ちふさがりました

腕は細く 力も弱そうです

その瞳は恐怖を必死で押し殺しています

どう考えても彼にかなうはずがありません








はやく にげて


女は 絶対にかなわない悪魔の前に立って

子供を逃がそうとしているのです








おかあさん


子供が叫びました
















ははおや

その子供を 生んだ にんげん








ただそれだけの理由で

この女は子供を守ろうとしている

そんなことで?








彼は混乱しました

そんな理由で自分の大切な命を賭けるのか

かなわぬ相手にでも立ち向かうというのか

どうして そんなことができる?








にんげんとは



よわい いきものでは なかったのか



わからない わからない













きもちわるい


















そのとき

にんげんの匂いを嗅ぎ付けた悪魔が

その鋭い爪で立ちふさがっていた女を

切り裂きました











一瞬で


とても あっさりと


女は 倒れました











おかあさん おかあさん

子供は泣き叫びました

女は最後の力を振り絞って 子供に笑ってみせました


そしてその微笑みのまま 息をするのを止めました











その笑顔は彼の目に強く焼き付けられました

そして彼の中に 大きな波を立てました








女を殺した悪魔は 次は子供に手を伸ばしました

子供は母親にすがりついたまま動こうとしません











彼は知らず知らずのうちに駆け出していました











それは

筋も通らず きもちわるいけれど




























とても たいせつにしなければならないきがする、 りゆう。






























気が付くと

彼は血に濡れた自分の剣を握り締めていて

子供を襲おうとしていた悪魔は動かなくなっていて

風の鳴る音だけが聞こえていました








彼はずっとその場に立ち尽くしていました

頭の中は真っ白で 考えることが出来ません








ふいに彼は 子供が彼を見上げていることに気付きました

子供は言います








ねえ

泣いて いるの?








彼は自分の頬に冷たい跡があることに気が付きました

指でなぞると それは水のようのものだということが分かりました














けれど

かしこい あくまは

それがなぜ とめどなく流れてくるのか

どうしても 分かりませんでした
















善も正義もヘチマもない魔界で生まれ、そんなものの存在なんか露ほども知らなかったであろう「彼」が、どうやったら伝承の言うように「善の心」を持つようになるかをぼんやり考えてみた結果、こうなりました。ああでもやっぱり魔界にもちゃんとヘチマはあるような気がします。
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