闇は纏わり付くように辺りを覆い、重くのしかかってくる。
永劫に光射す事のない魔界にもし夜というものが存在するのならば、きっとこのような闇を言うのだろう。

終幕の前夜。







































息苦しさを振り払うように、悪魔は深く、息をついた。
静寂、とは言い難い。
同胞達の呪詛のような呻き声があちこちでこだましては消えていく。
彼を、
魔帝を討ち果たした叛逆者を求めて。


魔帝を討つ。
心を決めたのはいつだったろう。


悪魔はゆっくりと、地に突き立った大剣に体重を預ける。
スパーダ。
虚無より彼の力としてともに生まれ落ち、同じ名を冠せられた魔の剣。
魔界を、そして全ての悪魔を統べる魔帝を討つと、この剣に誓った。
その誓いを果たし、今、悪魔――スパーダは荒涼たる地平に佇んでいる。
無論、その代償は決して小さいものではなかった。
魔帝との戦いは熾烈を極め、大抵の傷であれば簡単に治癒してしてしまう身体はあちこちが深く傷付き、流れ出す血は止まる兆しをみせない。
半眼から開くことのできない左目は、もはやぼんやりとにじんだ世界しか捉えられぬようになっている。


「・・・っ、ごほっ、ごほっ・・・」


異物感に咳き込むと、血とも肉とも付かぬ塊が塞いだ手袋の白を赤く侵食していった。


「はっ・・・は・・・は・・・・・・っ・・・」


荒い呼吸を数回、倒れこみそうになるのを剣の柄を握って何とか踏みこたえると、スパーダはわずかに散らばる意識をかき集めて思考をめぐらせ始めた。
魔帝が倒されたとなれば、高位の眷属たちが大軍を率いて自分を追ってくるだろう。彼らがここを見つけるのも時間の問題だ。そうなれば、この傷で、一人でどこまで持ちこたえられるかわからない。


(持ちこたえる・・・?)


彼は自らに問うた。
持ちこたえたその後で、
幾許も無く朽ちるかも知れぬ身体で、この上いずくにか行かん、と。


(愚かな・・・)


スパーダは自嘲の笑みを浮かべた。
裏切り者のこの身に、行くあてなどないというのに。










何故殺した。

何故壊した。

何故、裏切った。


主なき声が脳裡に響く。
それは、スパーダが己に問い続けてきた言葉そのものであった。
多量の失血に耐え切れず、彼は跪くように片膝をついた。


とめどなく流れ落ちる血は朱く。
のしかかる闇はどこまでも黒く。


何故、何故、何故、何故、なぜ、何故、何故、ナゼ、何故、何故、なぜ、何故、


薄れゆく意識のなかで、左目の捉える色彩だけが妙に鮮やかで。


何故、何故、なぜ、ナゼ、なぜ、何故、何故、何ぜ、何故、なぜ、





















何故。































魔帝を討つ。


心を決めたのは、いつだったろう。