左目に映る景色は混沌を深めた。 朱と黒 天と地 夢と現 生と死 その全てが境界線を失った。 絵の具を無造作にぶちまけたような視界が徐々に支配を広げ、時間の感覚すらも錆びつかせていく。 風が吹いた。 何も運ばない、乾いた風が。 何故殺した。 何故壊した。 何故、裏切った。 ああ。 きっと答などなかった。 意味など、なかったのだ。 このまま奔流に身を委ねんと、スパーダは両の目を閉じようとした。 刹那。 光を、見た。 魔界にはある筈のないそれは、もう動かない左目がみせた幻影だったのかもしれない。 強く、優しい光。この世でもっともうつくしいもの。 その光だけが、模糊とした彼の景色の中ではっきりと映えた。 風向きが変わった。 そうだ。 答は、ここにあったのだ。 もうひとたび、汝に問おう。・・・何故殺した。 声は言う。 「あの光と、生きたかったからだ」 何故壊した。 「あの光を、守りたかったからだ」 何故、裏切った。 「・・・あの光の先を、知りたいからだ」 少しだけ息を吸い込みつむぎだした言葉は、とてもまっすぐに響いた。 それは汝の身勝手ではないのか。 「ああ、その通りだ。理由などそれでいい。俺は命尽きるまで、この咎をずっと、背負っていく」 声に笑声が混じった。 それで、汝は何処へ行く? 「・・・人界へ」 笑声は大きくなる。 所詮汝も悪魔か! 魔帝ムンドゥスの成し得なかった野望を、人界の滅却を、その魔剣を以て果たすと! 「・・・ここを突破することが出来たら、 ・・・。 笑い声がぴたりとやんだ。 「俺は、人界をこの目で見、この耳で聞き、この身を以て知りたいのだ」 ・・・その魔剣を捨てることは、汝の半身を切り落とすも同じことだ。 魔剣スパーダ。生まれながらに授かった魔の武器は、その悪魔が力を行使する際の源となる。それを捨てるということは、彼の強大な魔力の大部分をも封印してしまうことになるのだ。 「構わない。俺にはもう必要の無いものだ」 スパーダは剣の柄を支えに、ゆっくりとその身を起こした。 「この力は何も生み出さない。全てを、完膚なきまでに破壊し尽くすだけだ。 ・・・俺は、この力が怖い」 ・・・正気か?悪魔が、自らの力を怖がるなど。 破壊を快しとしないなど。 「正気か、だと?」 悪魔は微かに口の端を吊り上げた。 「 ・・・。 ・・・何故、我らが一人ではないとわかった? 「全く同じ魂の形。最初は一つのものだと思った。だが言葉を交わすうちに、わずかにぶれが生じるように感じた」 声は沈黙した。 スパーダは柄に力をこめ、おもむろに自らの足で立ち上がると、そのまま精神を集中させ、魔剣に心を繋げた。 「・・・すまない。だが今しばらく、力を貸して欲しい」 主が言うと、魔剣はそれにこたえるように、その波動を波打たせた。 地に突き立った刃を抜くと、スパーダは己の半身を、 流れ出す血は止まらないが、もう行かなければならない。 この先、汝を探して無数の悪魔が徘徊している。その身体ででどうするつもりだ。 「残った力で何とかするさ。力尽きたら・・・それまでだ」 ・・・大言を吐く割には、浅慮も甚だしいな。 声が、微かに笑んだように感じた。 |
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