「…で、ジークのダンナ、ご用ってーのはなんなんで?」
「うむ、道化、これは貴様にしか出来ない、大切な任務なのだ」

言いつけたい任務がある、とジークフリードに呼ばれたゼットは、彼に続いてフォトスフィア内の長い廊下を歩いていた。
ジークフリードがこれほど神妙な面持ちで自分に物を頼むことなど、いまだかつて無かったことである。

(これはひょっとして…うまくこなせば出世のヨカン!?時代がオレに微笑みかけているのかッ!?)

一人歩きしそうになる心を何とか引き止めつつ、ゼットは上司の次の言葉を待った。

「貴様、明日がニンゲン達の間で何の日と呼ばれているか、知っているか?」
「へ?いや…でもさっき怪しげなニンゲンのオンナが今日のコトワザなら『渡る世間にゴブはなし』だとかなんとかいっていたような」
「要するに、知らないわけだな」
「俺は今日を一生懸命生きてる男なんで、明日の流行は明日追うんです。はい」
「…まあいい。明日はな、ニンゲン達の暦では母の日という日らしいのだ」
「ハハの日…?」

聞きなれない言葉に、ゼットは首を傾げた。

「そうだ。自分を生み育ててくれた母に花を贈り、感謝を意を示す日なのだという。それを聞き、我らナイトクォーターズは一堂に会し、話し合った。…年に一度の母の日だ、ここはやはり、我らを生みたもうた魔族の母、マザーにも感謝の意をこめて花を贈るべきではないかと」

ジークフリードは立ち止まり、おもむろに振り向いた。

「そこでだ、道化。貴様に重要な任務を与える。我らの母、マザーが為に花を見繕い、御前に献上するのだ」
「花って、あのちっこくてひらひらした、植物の先っぽについてるあれだよな…?」
「そうだ。しかし、並の花では駄目だ。偉大なるマザーに相応しい、価値ある花を見つけ出すのだ」

そこで、ジークフリードはふと何かを思い出したかのように宙を仰ぐと、再びゼットに視線を戻した。

「ふむ、そうだ。この任務、見事果たした暁には」
「暁には…ッ!?」
「昇格の件、考えてやらんでもない」

その言葉を聞いたゼットは、舞台俳優のように大仰な動作で、

「合点承知ッ!こんな任務、俺様にかかっちゃお茶の子さいさい、ちょちょいのちょいだぜッ!男一代、咲かせてみせますでっかい花をッ!!」

そういうと、員数外の魔族は疾風のごとき速さで駆け出していった。

「咲かせるのではなく、見つけてほしいのだが…」

ジークフリードのささやかな反論も、もちろん彼の耳に届くはずもなく。