「さって、そうは言ったものの…」

ゼットは果てしなく続く砂漠を一人、歩いている。その足取りは重い。

「このセチガライ世の中、花なんざ咲いてんのかね…?」

彼が歩く砂漠は先の大戦でニンゲンとエルゥの側が開発した武器、ガーディアンブレードの暴走によって出来たものだ。この砂漠を始めとしてファルガイアには未だ数多の大戦の傷跡が残されており、それらは癒されることなく、むしろゆっくりと周囲を侵食し続けている。
マザーに相応しい花を探すどころか、花を見つけることすらも困難であろう。

「ジークのダンナも、厄介な仕事を押し付けるもんだぜ」

先ほど喜び勇んで自ら吐いた大言さえ忘れているらしい。

「花、はな、ハナー…ん?」

遠く見渡すと、砂漠の真ん中に小さな家が1件、ぽつんと立っているのを見つけた。
砂のみで構成された周囲の景色とは対照的に、家を囲むように萌える緑が一際映える。

「おおっとッ、希望の西風は今、俺に向かって吹いてきちゃってたりするッ?!」

自慢のオレンジマフラーをなびかせて、適当な鼻歌など口ずさみながら、陽気な魔族はその家を目指した。

「おはーながーいっぱーいのー、せーかーいーをー♪」



そこはさながら、小さな庭園のようであった。
多彩な植物は皆きれいに植え込まれており、手入れが行き届いている。
庭園の主は植物の扱いに通じた、几帳面な人物であるらしい。
ゼットは花を求めて、園をきょろきょろと見て回った。

「あの…何か御用ですか?」

背後から声がかかる。振り向くと、そこには小さな少女が立っていた。
二つに編んでたらした髪の間から、ふさふさとした長い耳がのぞいている。

「あんた、エルゥか?この辺じゃ珍しいな」
「あ、はい…」

再びファルガイアに甦ったかつての宿敵、魔族が目の前にいる。少女は恐怖と、警戒の入り混じった瞳で、眼前の相手を見つめた。
そんなことを気にする風もなく、ゼットは手入れされた緑を見渡して言った。

「ここ、お前の庭か?このゴジセイ、よくこんなに育てたもんだ」
「え…あ、どうも、ありがとうございます…」

少女はおずおずと、しかし嬉しそうに答えた。
少しだけ、瞳の警戒の色が和らぐ。

「そこで、だ」
「…はい?」

ゼットはびしりと少女に人差し指を突きつけ、言葉を続けた。

「この俺に、ここの花を譲ってほしい」
「え…」

予想だにしない突然の申し出に、少女は困惑の表情を浮かべる。

「いやなに、全部よこせとか、そういうバチ当たりな事は言わない。1本だけ…な?」
「ええと、どのような花をお望みなのでしょうか?」
「え、ほらなんだ、こう、ぶわーっとダイナミックでありながもなおかつまろやかな風味をも持ち合わせたようなしかもそれでいてペシミスティックな影を落とすそのコントラストが絶妙な感じの…」

ゼットは必死に、身振り手振りを交えながら、己の抱くイメージを伝えようと奮闘する。
しかしその努力も、ただただ少女を更なる混乱に陥らせるだけであった。

「……残念ながら、そのような花はここには…というかこの世界のどこにもないと思います…」
「なにィ!?本当にないのかよ!?」
「はい」
「ぜったいにぜったい?」
「ぜったいに、ぜったいです」
「嘘だろ…?それに、どこにもないって、お前世界中7つの海を又にかけたことあんのかよッ?」
「いえ、ありませんけど…」
「じゃあ絶対ないなんて言い切れないだろ!!もしかしたらお茶目な神様がうっかり創っちゃったなんて素敵な運命のいたずらがあるかもしれないだろッ!!海の男をなめたらいかんよ君イッ!」
「そんな込み入った事情の花、神様は間違ってもうっかり創ることはないと思うんですが…」
「いやいやいやいやいや、絶対一つくらいはあるはずだ!なんてったって世界は広いッ、ボク達の前に無限に広がっているッ!そう、あらゆる可能性をその身に秘めてッ!!!さあ、まずは今一度、君の花園を洗い出してみてくれたまえッ!」

すごい剣幕で詰め寄ってくる緑頭の魔族に、少女は更に困惑した。
わずかに後ずさりしつつ、どうすればこの魔族は納得してくれるだろうかと、ただ思考をめぐらせた。
その時。